平成30年(2018年)御法座のご案内

2017年12月26日 16:28

春彼岸法要

 

3月19日(月)より3月21日(水)迄

讃仏講師  京都女子大学教授(京都)

  普賢 保之先生

 

-普賢先生のお言葉-

 

校長先生の一言

 

 京都女子学園では、親鸞聖人の体した仏教精神を建学の精神とした教育が行われている。大学では一回生と三回生時に仏教学が必修科目となっている。学園では建学の精神の徹底をはかるために懸賞論文を募集している。小学生にも応募してもらっているが、日頃からの先生方の指導もあり何れも秀作揃いである。

 今回、小学校の中学年の部に「入院生活を振り返って」と題した作品があった。その作品には自分を取り巻く家族、先生、友達、医療関係者に対する感謝の言葉が溢れている。「私はまだ完全ではないけれど、学校に行けるまで回復した。それは、家族、病院の方々、友達、先生に助けられ、見守られていたからだと思う。人は一人では生きていけないと本当に思えた二ヶ月以上の長い入院生活だった。」とあった。また低学年の部には、「わたしのおねえちゃん」という作品があった。そこには「(おねえちゃんが入院して)本とうはさびしかったけど、しんどくなったおねえちゃんにお母さんがつきそうのはあたりまえだから、さびしいなんていいません。おねえちゃんのほうが、しんどくなって、いたくてこわいけんさをうけるんだから、わたしよりもっとたいへんです。」と書かれていた。後日、先生に伺ったところ、この二人は姉妹だそうでsる。作品には、はからずも二人が互いに思いやる優しい心が綴られていた。さらにお姉ちゃんの作品には、校長先生に「入院して何を学びましたか。」と問われたことが書かれてあった。即答はできなかったけれど、家に帰ると、「母が一緒に、お世話になった方々にどんなことをしていただいたかを振り返ってくれた。」と綴られていた。

 校長先生の投げかけた「入院して何を学びましたか。」という言葉は、私自身にも投げかけられているようであった。私たちは何か思い通りにならないことがあると、思い悩んだり、その責任を周囲に転嫁して、そこから何も学ぶことなく過ごしがちである。

 親鸞聖人は、阿弥陀仏の教えを通して自己を深く見つめることにより、思い通りにいかない人生を力強く生き抜かれた方である。二人の姉妹の思いやりに溢れた言葉も、また母親の言葉も、日頃から自己を謙虚に見つめる生活の中から出てきた言葉ではないかと感じた。

 

 

永代経法要

 

5月16日(水)より5月18日(金)迄

讃仏講師  眞證寺副住職(奈良)

  高澤 恒雄先生

 

-高澤先生のお言葉-

 

 阿弥陀さまは、一生悪を作るようなものでも、お浄土へ迎え取り、仏様とさせてくださる仏様です。そして阿弥陀さまの他の多くの仏様方は、皆そろって私たちに「その阿弥陀さまのお浄土へ生まれさせていただきなさい」とおすすめくださいます。それはどういうことでしょうか。

 七月のカラッと晴れた暑い日の事でした。その日、私は京都の本願寺にいました。

 午後二時ごろの事です。突然、雲行きが怪しくなり、すぐにけたたましい音を立てながら大きな雨粒が地面を叩き始めました。しゃべる声も聞こえにくくなるほどの大きな雨音です。

 ご参拝の皆様は、皆お御堂の縁側に避難しておられ、私も同じく縁に入っていました。ふと向拝を見ると、二メートル四方はあろうかという大きな石製の雨水受けがあります。その雨水受けは上からくる大きな雨どいからの激流を受けて、水面を激しく波打たせてせていました。今、私の頭上にある屋根がどれほどの雨水を受け止めているのかが、その雨水受けの姿に現れていました。強い雨なのはわかっていましたが、その激しさに改めて驚かされました。

 「濁世の起悪造罪は 暴風駛雨にことならず」と親鸞様は教えてくださいます。自分中心の世界を描き出し、少しでも自分に有利になりそうなものに対しては貧り、自分が損をしそうになったり、思い通りにならなかったりすると腹を立てていく。そうやって罪を作っていくことを”起悪造罪”と示されています。その私の起悪造罪は”暴風駛雨”、嵐や強い雨のように激しいものであるということです。本願寺で出会った激しい雨を思い出すと、「仏様から見た時の私の起悪造罪はそれほどのものなのか」と思わされます。

 健康番組を見ていると「頭痛が続くときは、自分んで大丈夫と判断せずに、一度お医者さんにちゃんと診てもらってください」とおっしゃっていました。私たちは、案外自分で自分のことはわかっていないものなのかもしれません。私たちは、自分のしていることの良し悪しを自分の価値観で判断していくという危うさがあります。そんな危うさの中で、自分で「これで大丈夫」と判断せずに、仏様からの私に対する処方箋を聞かせていただくことは大切なことなのではないでしょうか。

 親鸞聖人の先ほどのお言葉は「諸仏これらをあはみれて すすめて浄土に帰せしめり」と続きます。私をお見立てくださった多くの仏様方は皆そろって「阿弥陀さまにおすくいいただきなさい。お浄土に生まれさせていただきなさい。とおすすめくださっています。

 

お盆法要

 

8月2日(木)より8月4日(土)まで

讃仏講師  西福寺住職(東京)

  阿部 信幾先生

 

-阿部先生のお言葉-

 

お蔭様の日暮らし

 

 昨年、ブータンに行って参りました。ブータンはヒマラヤ山脈の東に位置する国で、南はインドへとつながっている仏教国です。人びとの暮らしは仏教を依りどころとして営まれており、豊かな自然と伝統的な暮らしを大切にしている平和な国です。

 ブータンで信じられている仏教は、人は死んでも生まれ変わるという教えです。どのように生まれ変わるかは、その人の生前の行いによる。悪いことをすれば苦しい世界に生まれ変わり、善いことをすれば楽しい世界に生まれ変わるという教えです。ですからブータンの人びとは滅多に生き物を殺しません。町には犬がたくさんいますが、ブータンでは犬をいじめたり殺したりしないので、犬たちものんびりとしていて、人を怖がる気配はまったくありません。

 ホテルのバスルームに大きな蜘蛛があらわれた時のことでです。慌てて従業員を呼ぶと、その従業員は蜘蛛をそっと紙に挟んで外に逃がしてやっていました。

 またこんなこともありました。私たちのツアーの案内をしてくれていたガイドに、蚊取り線香をあげようとした者がいました。ガイドは「これは何に使うものですか?」と聞いてきたそうです。「蚊を殺す線香です」と答えると、「私たちには必要ありません。私たちは蚊を殺しません」と答えたそうです。「ひょっとするとその蚊は、蚊に生まれ変わったあなたのお母さんかもしれない」という、仏さまのお言葉を聞いているのです。また、他の生きものに苦しみを与えることは、廻り廻って、自分が苦しむことになることも知っているのです。

 『歎異抄』の中に、

   一切の有情はみなもつて世々生々の父母・兄弟なり。いづれもいづれも、この順次生に仏に成りてたすけ候ふべきなり。

   (『註釈版聖典』834頁)

 「すべての生きとし生くるものは、生まれ変わり死に変わりしている中の、父であり母であり兄弟である、いずれもいずれもこの度お浄土に参らせていただいて、仏さまに成らせていただいて、救い遂げさせていただく方がたである」と、親鸞聖人は教えてくださいました。

 親鸞聖人は、すべての生きとし生くるものの幸せを願ってくださる。阿弥陀如来という仏さまがいらっしゃると教えてくださいました。阿弥陀さまはすべての生きとし生くるものの幸せを願い、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とはたらいてくださっている。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と、阿弥陀さまのおはたらきにおまかせして、まことの世界であるお浄土に生まれさせていただいて、すべてのものを救う仏さまに成らせていただきましょうと、仏さまのはたらきにおまかせし、お念仏申す日暮らしをお勧めくださったのが親鸞聖人です。

 その日暮らしはまた、本当の安らぎに包まれた日暮らしでもあります。私の人生は、阿弥陀さまのお浄土に生まれさせていただく人生でありました。死んで終わりの人生ではない、死ぬことが新たな始まり、仏さまと成ってすべての生きとし生くるものを救い遂げる、仏さまのいのちの始まりであると教えてくださったのが親鸞聖人のみ教えであります。

 お浄土に生まれさせていただく日暮らしを恵んでくださる。それが真実、仏さまの救いでありました。今日も一日お念仏申させていただきながら過ごさせていただきましょう。

                          【週刊みんなの法話/みほとけとともに/本願寺の時間H19.4月放送より】

 

秋彼岸法要

 

9月20日(木)より9月22日(土)迄

讃仏講師  光照寺住職(大阪)

  若林 眞人先生

 

-若林先生のお言葉-

 

聖人はただ人にましまさず

 

 親鸞聖人の曾孫、覚如上人が聖人三十三回忌にあたって発表された『報恩講私記』の一節に、次の文章があります。

  つらつら平生の化導を案じ、閑かに当時の得益を憶ふに、祖師聖人(親鸞)は直也人にましまさず、すなはちこれ権化の再誕なり。

  〔『浄土真宗聖典』註釈版一〇七二頁〕

 覚如上人は、親鸞聖人ご往生八年後のご誕生ですから、そのお姿をご存知ではありません。しかし、生涯かけて、親鸞聖人を世に知らしめ、そのご廟所を本願寺として打ち立てることに尽くされたお方でした。その覚如上人が、親鸞聖人を「ただ人にましまさず」と仰がれた理由はどこにあったのでしょうか。

 人間親鸞を絶対者とされたのではないのです。人間親鸞がどれほど立派な人格であろうと、そのご生涯からは阿弥陀さまのご法義は出てきません。

 拙寺の掲示板の言葉で恐縮ですが、

①生身の人間を絶対者とする宗教は絶対に怪しい。なぜなら人間は生死無常から逃れられないのだから。

②密かに真実を伝える宗教は絶対に怪しい。なぜなら隠さねばならない真実はないのだから。

③批判を許さない宗教は絶対に怪しい。なぜなら真実はあらゆる批判に動じないのだから。

 生身の人間を絶対者としてはならないことは、お釈迦さまの経説によって明らかです。お釈迦さまが最期の旅をされた時、その道中、体調をくずされ、お弟子の阿難に自らの入滅を告げられます。阿難は嘆き悲しみ、お釈迦さま亡き後、私はだれの教えによって悟りへの道に入ることができるのかと問います。お釈迦さまは生死無常のことわりを語られて、「自灯明・法灯明」の教えを語られます。仏法に照らされた「自ら」を依り所にし、その自らを照らす「仏法」を依り所とせよとの意です(教学伝道研究センターHP参照)。仏法を依り所とされたお姿こそが仏陀釈尊でありました。

 親鸞聖人は二十九歳の時、法然聖人と劇的な対面をなさいました。それをふり返られて『教行証文類』には、「愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す」〔『浄土真宗聖典』註釈版四七二頁〕と記されました。法然聖人との出遭いによって、比叡山二十年のご修行を価値なきものと捨てられ、阿弥陀仏の願いをうち仰ぐ身となられたのです。その時、法然聖人から聞かれたご法義は「ただ後世のことは、よき人にもあしきにも、おなじやうに、生死出づべき道をば、ただ一すぢに仰せられ候ひしを」〔恵信尼消息『浄土真宗聖典』註釈版八一一頁〕と恵信尼さまのお手紙にあります。

 比叡山二十年のご修行は「生死出づべき道」を求め続けられた日々でした。法然聖人の仰せを聞かれた親鸞さま驚かれたに違いありません。「私が越えていく道ではなかった。阿弥陀さまが、この親鸞を生死無常の凡夫と見抜かれて、かかりはててくださった。阿弥陀さまの願いによってこそ、生死を超える道がご用意されているのだ」と。以来、九十年のご生涯をかけて阿弥陀さまの願いをうち仰ぐお姿を私たちに示してくださいました。覚如上人が「ただ人にましまさず」と示されたのは、その化導のお姿にあったのです。

 私たちは今、親鸞聖人のご化導によって、阿弥陀仏のお救いに聞きふれる身となりました。親鸞聖人七百五十回大遠忌の勝縁は、あらためて親鸞さまにお礼を申すひとときです。

 「親鸞さま、有難うございました。ようこそ、九十年のご生涯をかけて阿弥陀さまのお誓いを、身にかけてお示しくださいましたね。ご老体に鞭打つごとくたくさんの書物を書き残してくださいましたね。もう、生身の親鸞さまにお目にかかることはできませんが、残していただいたお書物を親鸞さま、あなたさまからいただいたお手紙と大切に読ませていただきます。『お正信偈』をいただきましたよ。『ご和讃』をいただきましたよ。私は今、親鸞さまのご化導によって、阿弥陀さまの願いに聞きふれ、お念仏を申す身とならせていただきました。やがては、親鸞さまと同じ阿弥陀さまのお浄土に参らせていただきます。九十年のご苦労、まことにありがとうございましたね」と。

  哀れなるかなや、恩願は寂滅の煙に化したまふといえども、真影を眼前に留めたまふ。悲しきかなや、徳音は無常の風に隔てるといえども、実語を耳の底に貽す。撰び置きたまふところの書藉、万人これを披いて多く西方の真門に入り、弘通したまふところの教行、遺弟これを勧めて広く片域の群萌を利す。〔報恩講私記『浄土真宗聖典』註釈版一〇七二頁〕

                                                    【親鸞聖人750回大遠忌より】

 

報恩講法要

 

11月6日(火)より11月9日(金)迄

讃仏講師  満福寺住職(大分)

  田中 誠證先生

 

《定例法要》毎月7日  昼1時半より

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